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「感じのいい自分」の着ぐるみを定期的に着ることが大事【毎日が変わる片づけのワザ(66)】

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(ピンポーン♪)「はい。ありがとうございます。玄関の前にお願いします〜」

 

コロナ禍になってから、何回言ったかわからないこのセリフ。わたしは毎回、かなり朗らかに言うようにしています。娘から「宅配の人への対応はすごく感じがいいよね!」と驚かれたほど。瞬時に「感じのいいモードの着ぐるみ」を着られることは、大人になったからこそ身につけた技の一つかもしれません。

 

「楽で幸せな人なんかひとりもいない。
だからこそ楽で幸せそうに、そう見せようとむりしないでもそう見えちゃうような生き方がさわやかだと思う。」

 

これは、吉本ばななさんさんのエッセイの一文です。本当にそうだなと心から思ったので、読んだ時に日記に書き留めました。

 

誰にとっても、生きていたら「その人にとっての地獄の部分」は必ずある。でも、それを受け入れつつも、幸せそうに見せる努力をしている人が好きだし、自分もそうなりたいなと心から思いました。

 

「あの人いつも能天気すぎる…」と思われるくらい、幸せそうに、楽しそうにしていたい、力が抜けているくらいできっといい、と思っています。特に、ある程度年を重ねた今だからこそ、よりそう思うようになりました。

 

楽しそうに生きたい。

 

そして、楽しそうに生きているように見せたいと思うことはきっと、(本当に)楽しく幸せに生きる努力をすることにつながっていくと思うのです。

 

ただ…会社の同僚や友だちなどにほとんど会わない生活のなかでそれを保つのは正直とても難しいです。人目があるから頑張れたりすること、ありませんか? ある程度誰かの目に触れることが張り合いになり、「楽で幸せそうな」感じのいい自分を見せるための努力ができるのではないかと思いました。

 

たとえば、冒頭の宅配業者の人、スーパーや薬局などの日常生活で行くお店の店員さん、マンションの管理人さん。習い事先のインストラクターさん。挨拶したり、ちょっとしたやりとりをするくらいの人たち。それくらいの距離感の誰かと接するために「感じのいい自分」の着ぐるみを着て「(人づきあいの)ステージ」に立ち続けることが大事だと、コロナ禍の巣ごもり生活のなかで痛感しました。

 

人と接することは、時にしんどいけれど、確実に自分のためにもなると思っています。「この人に対して、こうふるまっている今の自分は好きだな」とか、「今のわたし、あまり感じがよくなかったな…」などと確認するだけでも、得られるものはとても多いからです。また、今の自分の心の健康状態もわかり、少し元気がないときは早めにケアができるようになった気がします。<text:なまけるための片付け/花太郎(整理収納アドバイザー) https://note.com/namake_kataduke


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