明治41年(1908年)に竣工した旧奈良監獄を再生活用したラグジュアリーホテル【星のや奈良監獄】が2026年6月25日(木)にオープンしました。「明けの重要文化財」をコンセプトにしたホテルに泊まるという体験だけにとどまらず、文明開化を代表する華やいだ時代に想いを馳せる滞在となりました。歴史的な建造物であり監獄でもある非日常の宿泊体験を紹介します。
重要文化財の “監獄” に泊まる
古城や修道院、貴族の館をホテルに改装したスペインの国営ホテル “パラドール” を連想する「星のや奈良監獄」。宿泊区画だけでなく、欧米の監獄建築を採り入れた築120年になろうとする建物自体が “美” そのものです。

▲長く高い塀も残されています
近鉄奈良駅から車で6分ほど。住宅街の緩やかな上り坂を進むと、タクシーの窓越しに赤茶けた塀が見えてきます。近づくにつれ、それが高くとても長いことが見てとれます。かつては自由な生活が営まれていた外と、厳しい規律と制限を課せられた中。二つの世界を隔てる塀の美しく、非情とも思える存在をぜひ感じ取ってみてください。

▲ホテルのメインゲート
旧奈良監獄は、昭和21年(1946年)に奈良少年刑務所と改称し、若者の社会復帰を支える更生施設として16種の職業訓練が行われていました。旧監獄の表門(ひょうもん)は「星のや奈良監獄」のメインゲートとして利用され、宿泊ゲストが来館すると鉄の扉が開かれます。中世の城郭を思わせる作りは、まさに獄舎として難攻不落の容姿ですが、同時に赤レンガ造りの建物は白い花崗岩に彩られた美しいたたずまいを見せています。

▲赤レンガに彩られた美しい建物
表門を入ると、メインアプローチと呼ばれる左右均等に造園された広い庭になっていて、正面にある赤レンガの建物でチェックイン。アーチを描いた窓や銅板ぶきの尖塔にくわえ、日本の屋根瓦も使われる和洋折衷様式も見どころです。受刑者が生活する2階建ての「寮」と呼ばれる細長い建物には窓に鉄格子も残され、獄舎であったことを物語っています。

▲放射状に獄舎が伸びる監獄特有の建物 <画像提供:星のや奈良監獄>
中央看守所から放射状に伸びる分房監は、アメリカの建築家ジョン・ハヴィランドが19世紀初頭に考案した「ハヴィランド・システム」と呼ばれる建築構造です。写真の手前中央に伸びる第3寮はミュージアムとして活用され、獄舎の面影を残しています。残りの4寮がホテルの客室に生まれ変わりました。宿泊ゲストは同じ敷地内にある『奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート』が無料で見学可能です。
教会を思わせるラウンジと奈良の和紅茶
元は講堂だった場所は、宿泊ゲストが24時間利用できるラウンジにリニューアル。左右はシースルーのパーテーションで仕切り、個室風の席も用意。美しく組まれた建設当時の木の梁がそのまま見えるように天井を取り払い、頭上空間の広い、解放感あふれる場所になりました。

▲メインラウンジ全景
教会の礼拝堂を思わせるラウンジには、宿泊ゲストが集う場所としてフリードリンクや書籍を用意。正面に架かる大きな絵は、三瀬夏之介氏による奈良のイメージ『日本の絵-小盆地宇宙-』です。古代の奈良盆地全体が巨大な湖だったころの記憶とともに、大陸文化の伝来や大仏建立、さらに明治期の西洋文化の流入などが一枚のキャンバスに重ねられています。

▲「茜のティーサロン」
明治時代に紅茶が西洋の文化として広まり、奈良県でも茶葉が生産されたことから、和紅茶と自家製カヌレをウェルカムティーとして提供。特に奈良県北東部の山添村や奈良市月ヶ瀬は評価の高い和紅茶を産出。カヌレに添えられたクリームと月ヶ瀬の和紅茶が甘みを引き立ててくれました。
|旧監獄を象徴する場所「中央看守所」
ホテルの施設としてほぼ当時のままの姿で残されているのが、旧奈良監獄の中央看守所です。ここが「ハヴィランド・システム」のかなめとなる場所で、1階と2階のそれぞれ中央に置かれた看守台に立つことで、第一寮から第五寮まで廊下を全て見渡せる設計です。

▲採光を重視した建物
明治の黎明期、日本には近代的な刑法や刑罰が存在しなかったため、諸外国からは貿易をはじめ平等な条約を結ぶ対象国として扱われませんでした。そこで文明国であることの証明として、監獄の近代化に着手。全国5か所に造った欧米風の監獄のひとつが「旧奈良監獄」です。中央看守所や各寮の廊下には採光のために天窓が設けられ、漆喰の白い壁と共に獄舎内を明るく照らし、受刑者の健康と人権に配慮しています。

▲曲線で構成した装飾
設計した山下啓次郎(1868年-1931年)は、東京駅を設計した辰野金吾の元で建築を学んだのち、司法省で欧米の監獄を視察。旧奈良監獄のほか、千葉、長崎、金沢、鹿児島の“明治五大監獄” を設計。監獄という言葉から連想する無機質な建築物とは異なり、アーチを描いた窓や曲線を用いた造詣など、さり気なく美意識を忍ばせた部分に、山下啓次郎の刑罰と社会復帰への思いが現れているように感じます。
48室全てスイートルーム
ミュージアムとして残された第三寮以外の4つの寮を宿泊施設としてコンバージョン(従来の用途を変更し新しい建物に作り変えること)。各棟ごとに6つの客室が用意され、計48室全てがスイートルームになっています。

▲宿泊エリア2階の通路
当時の面影を残しつて改修された通路には、独居房の扉が並びます。扉は旧監獄時代のもので、少しかがんではいるような高さです。その内側に客室用の新たな扉が設けられました。頭上には天窓が設けられ、照明も灯されるほか、強度を高める鋼材が連続するなど造詣美も感じられます。

▲客室「The 10-Cell」の間取り <画像提供:星のや奈良監獄>
客室は独居房などを9室から11室つなげたスイートルームで、3畳ほどのサイズの独居房を9個つなげた「The 9-Cell」と10房をつなげた「The 10-Cell」、ドレッシングラウンジを備えた「The 11-Cell Deluxe」の3タイプ(Cellとは区画や監房の意味)。それぞれ壁を抜いてつなげダイニングやリビング、寝室、バスルーム、トイレなどを備えます。

▲宿泊した「The 9-Cell」はツインベッドの客室
扉を開けるとリビングになっていて、入口で靴を脱ぐシューズオフスタイル。独居房の壁を抜いてつなげてているため建物は鉄材で補強されるほか、取り払った赤レンガは原状回復ができるように全て保管しています。

▲ツインベッドの「The 9-Cell」
壁は白い漆喰だった壁をあえて剥がして、赤レンガを見せています。アーチ状になったヴォールト天井は耐震にも優れた構造で、受刑者の人権に配慮して高さが約3.5mと高く作られ、思いのほか広く感じます。さらにベッドルームはウォールパネルで囲まれて、木のぬくもりを感じる空間です。

▲モダンなバスルーム
独立したシャワーブースや大きなバスタブが置かれ、広めの洗面を備えます。写真のつき当りに見える扉がトイレです。
洋食の歴史を追体験するディナー
ディナーの前には中庭に面したダイニングラウンジでアペリティフが用意されます。時間になると中庭を通って、向かいのダイニングで日本に伝わった西洋料理の “年代記(クロニクル)” をテーマにしたコース料理をいただきます。

▲自由に過ごせる中庭とディナー前のアペリティフ
ダイニングとダイニングラウンジにはさまれた中庭もモダンに生まれ変わりました。季節を感じる植栽が植えられ、椅子とテーブルも置かれます。ジグザクに造られた道が月明りをモチーフにしたライティングに浮かび上がります。ダイニングラウンジではディナーコースの利用者にアペリティフを用意。シャンパーニュを使ったカクテルに合わせて、乳汁を煮詰めて乾燥させた奈良時代の食材「蘇(そ)」を使ったキッシュ・ロレーヌと、タラとジャガイモのブランダードを楽しめます。ライトアップされた中庭はレンガ造りの建物が映える幻想的な情景で、ドリンクを味わいながら優雅なひと時を過ごすことができました。

▲別棟のダイニング
ダイニングはかつて拘置監だった建物で、36室すべて半個室タイプです。コースディナーは日本の近代化とともに伝わった西洋料理を「黎明期」「成熟期」「現代」「未来」の4皿で表現した「ガストロノミー・クロニクル」。言いかえれば “洋食文化の年代記” で、明治期に伝わって以来発展を遂げた日本の洋食文化の現在・過去・未来を追体験するメニューです。

▲一皿目の黎明期「始まりのパナシェ」
はじめの一皿は日本に西洋料理が紹介され、生活様式の変化と共に新しい食文化が始まろうとする黎明期のフランス料理をクリエイティブに提案。時計まわりに、魚を煮たブイヨンをゼリー状にした「魚介のアスピック」やコーンの風味が広がる「コーンポタージュスープ」、キャビアを盛り付けた「サーモンのマリネ」、「鶏肉のクロケッタ(コロッケ)」、デザートにフォアグラのテリーヌが並び、菊芋で作られた時計の針はパリっとした食感。当時の日本の洋食をひと口サイズで表した一皿です。

▲二皿目の成熟期「舌平目のプレゼ ソース・アルベール」
二品目は高度経済成長とともに成熟期へと向かう日本の洋食文化を表現する魚料理。舌平目の蒸し煮は繊細な火入れでふっくらと仕上げられ、バターの濃厚なコクを感じるクラシックなアルベールソースが寄り添います。そして、現代をテーマにしたイノベーティブな肉料理「赤レンガと植木鉢」では、奈良漬けの酒粕でマリネした牛フィレ肉を用意。デザートは、食材を余すことなく味わってサスティナブルな未来とへつなぐ「カカオの環」が続きます。

▲夕食の後は「響きのソワレ」に立ち寄ります
ディナーの後は、21時から22時30分まで「響きのソワレ」が開催されるダイニングラウンジに戻りました。100年を超えるHis Master’s Voiceの蓄音機からは、同じ時期に録音されたクラシック音楽が流れます。蓄音機は1曲演奏するごとにレコード針を交換し、手回しハンドルを回すアンティーク。柿のリキュールを使ったオリジナルカクテルとともに、ノスタルジックな音色が心地よく響きます。シャンパーニュやウイスキーなど一部の銘柄は有料で用意します。
朝食は明治時代の日本人にも親しまれた洋食の味
朝食ではあらためて明治時代の洋食を採り入れた「文明開化の朝食」です。現代の日本人にも親しみのあるメニューでした。

▲「文明開化の朝食」 <画像提供:星のや奈良監獄>
ゆで卵を挽肉で包んで揚げた「スコッチエッグ」は、奈良の老舗醤油蔵が造るウスターソースでいただきます。さらにカニクリームコロッケやエビフライなど明治時代の洋食を味わえる内容です。朝食は他にも楽しめるように「和朝食」や「洋朝食」などから選べます。
JR東海の「いざいざ奈良」キャンペーンでも紹介されている【星のや奈良監獄】。1,300年の歴史ある古都にあって、インドから中国を経て伝わった仏教と、国家の近代化のもと、西洋の先進的な建築法を採り入れた旧監獄は、東大寺の大仏殿からわずか1キロほどの距離。時を経て時代を動かした二つの建造物が近くに立つのも何かの因果かもれしません。旧監獄という限られた空間と無限とも思える時間の進行を濃密に感じられ宿泊を、ぜひ体験してみてくださいね。<text&photo:みなみじゅん 予約・問:星のや奈良監獄 https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyanarakangoku/ いざいざ奈良特設ページ https://nara.jr-central.co.jp>
2026/11/06| TAGS: lifestyle
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