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人の記憶と旅する感覚

【思考をキレイにする旅の仕方(381)】人の記憶と旅する感覚

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ここ数年、母の話は「話半分」で聞きながら対応しています。

 

自分の主観が強すぎ、事実と違うことも多い。

 

よって「はいはい」と返事もいい加減。

 

よくないと思ってはいるけれど、週の半分、一緒に過ごしていると、

 

右耳から左耳に流すようにしていないと、私の能力では精神的に持たないのです。

 

 

先日、録画してあった旅番組「世界ふれあい街歩き」を一緒に観ていました。

 

タイトル通り、世界の街角を歩き、人々の暮らしに触れる旅好きの母のお気に入り番組です。

 

 

「あんた、ここは行ったことあるんかね?」

 

とりあえず母は私に聞いてきます。

 

「街としては、あるよ。でも、この道は知らないなぁ。憶えてないだけかもしれないけど」

 

などと以前は正確に答えていたけれど、今は、「あるよ」、「ないよ」しか答えません。

 

母は興味があって聞いているわけではないことがわかっているので。

 

 

さて、今回、拝見した街は、イタリアはナポリの街。

 

「憶えとるかね?」

 

珍しく私から聞きました。

 

20年以上前、母と姉と三人で訪れているのです。

 

 

「憶えとるよ。

 

夕暮れ時の海辺で恋人同士が抱き合っている姿が映画のようで忘れられへん」

 

「また、いい加減なことを……。海辺なんか行っとらんて。それ違う場所やないんか?」

 

と私は否定します。

 

 

「いや、行った!」

 

と母は折れません。

 

こういうところは頑固なのです。

 

こちらも、たとえ間違っていても、そのまま受け入れればいいのでしょうが、

 

ついムキになってしまい、それが母子戦争のきっかけにもなるわけで。

 

 

聞いていくと、船で来たと言うではありませんか。

 

確かに母は地中海の船旅をしています。

 

よくよく聞いていくとナポリも立ち寄っていたのです。

 

つまり母はナポリに二度、行っていたことが発覚したのでした。

 

人の記憶と旅する感覚も悪くありません。<text:イシコ


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